つ眼色毛色まで変っている毛唐めの口車に乗ったのは、いつか知らず自分が、この毛唐の持つ音楽的魅力に捉えられてしまっていたのだということを、まだ当人は気がついていないのです。
マドロスそのものはいやな奴、身ぶるいしたいほど嫌なウスノロではあるけれども、こいつに音楽をやり出されると、どうしても誘惑を蒙《こうむ》らざるを得ないのです。誘惑も深く進めば感激となり、やがては身心ともに陶酔、というところまで持込まれない限りはない。
名の知れない、わけのわからない、聞いたことも見たこともない国の音楽が、女の心を、それからそれへと捉えて行くのです。そのメロディよりも、ハーモニーよりも、まずそのリズムに。
兵部の娘は、日本の音楽は好きで、そうしてかなりの教養を持っておりました。それで、身近に茂太郎という絶好の伴奏者がいたものですから、それに仕込んだり、仕込まれたりして、音楽には異様に発達した何物かを備えていたと見てよいのです。
ところで、その耳をもって、全く聞き慣れない西洋音楽――といっても、怪しい限りのマドロスの演奏ぶりを、いま言ったような下地へ受取っているうちに、それが根を持って来るという段取
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