んてい》を見ると、野侍のようなのがあり、安直な長脇差風のもあれば、三下のぶしょく[#「ぶしょく」に傍点]渡世もあり、相撲あがりもあり、三ぴんもあり、折助風なのもある。これらがいずれも血眼《ちまなこ》になって、岸に飛びうつって来ると、早くもお角親分の大陽気な一座をめがけて、突進というほどではないが、実は突進も乱入も致しかねまじき気合を含んで、ぞろぞろと取りつめて来たのは、どうも穏かでない空気があって、その穏かでない空気は、お角親方の一行に、微塵《みじん》も好意を持っていない一まきであることがわかります。
これは果して推察の通りで、道中筋から上方《かみがた》にかけて、最初から、道庵の西上を喜ばぬものがあり、お角の乗込みに鬼胎《きたい》を抱いている一味があったのです。
幕末維新の前後は、名分から言えば勤王と佐幕の争いでありましたが、地理的に言えば関東と関西との勢力の争いであるし、もう少し遡《さかのぼ》ると、大阪へ定めた豊臣の勢力と、江戸へ奪って(?)しまった徳川の勢力に対する三百年間の因縁がある。政治的には関東へ取られたが、経済的には、実力的には……文化的には、曰《いわ》く、何々、関以西
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