まい、以前の炉辺に、以前のように、泰然として胡坐《あぐら》を組んで言いました、
「あんな足の早い奴を今まで見たことはねえ、まるで、人だか鳥だかわからなかったぜ。だが、奴、足は早いが、地理を知らねえ、野山へ鹿を追い込むと、里の方へ、里の方へと逃げたがる、あいつは地の理を知らねえから、どっかで行き詰るよ、まあ、焦《あせ》らず北へ北へと追い込んで行くことだ、そうすれば結局、恐山へ追い込むか、外ヶ浜へ追い落すが最後だ、は、は、は」
と、榾火《ほたび》の色を見ながら、こう言いました。
 並みいる若い者は、何かなしに恐れ入って、一度に頭を下げて聞いている。
 土間を見ると、二頭の狼がいる。一頭は完全に絶息しているが、一頭はまだ腹に浪を打たせている。右の完全に絶息している奴は、思うに、この親分のために、一拳の下になぐり殺されたものらしい。それから、まだ息を存している奴は、手捕りにしての土産物らしい。
 若い者たちは、鬼を一拳の下になぐり殺したこの親分の底の知れない腕っぷしと、肝っ玉に、ひたすら恐れ入っているらしい。

         百六十一

 天めぐり、地は転じて、ここは比叡山、四明ヶ岳の絶頂
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