ゃないの、また今晩もこんなところで――ああ、わたし、いや、いや、誰か迎えに来て下さい、茂ちゃん――七兵衛おやじだといいけれど、あの人はいないし、田山先生だとなおいいけれど、あの先生も旅に出てしまった、誰か探しに来て下さい」

         十五

 自暴《やけ》をまる出しに、娘の調子が少しずつ声高《こわだか》になって行くのに狼狽したマドロスは、
「オ嬢サン、大キナ声ヲシテハイケナイデス」
「だって――今晩もまたこんなところで夜を明かさなけりゃならないとすれば、わたし、もうたまらない」
「モウ少シノ辛抱デス、日本ノ唄《うた》ニモ、オ前トナラバドコマデモ……トイウ唄アルデス」
「いやよ、マドロスさん、わたしはお前さんと苦労をするために、無名丸から逃げ出したのじゃなくってよ、お前さんが、あの大きな黒船に乗せて、御殿のようなキャビンの中で、王様のように扱われて、そうして異国の土地へ着けば、町々はみんな御殿のようで、金銀は有り余り、珍しい器械道具が揃《そろ》っていて、人間はみんな親切で、何から何まで結構ずくめの外国へ連れて行ってあげるなんて言うから、ついその気になってしまったの。それなのに、
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