百三十一
そこで、はじめて気がついたように米友が、
「うーん、そうだったか」
と言って、自暴《やけ》でこめていた櫓《ろ》の力を抜きますと、弁信が、
「ずいぶん、漕ぎ方が荒かったでございます、どうしたのですか、米友さん、わたくしはどうもそれがおかしいと思って、今まで、ひとりで考えてみました、最初この舟が、あの城あとの前から出る時は、ほんとうに穏かに辷《すべ》り出しました、その舟の辷り出す途端から、米友さんが櫓を押す呼吸も穏かなものでございましたのに――そこで、米友さんも自然に鼻唄が出てまいりましたね、水も、波も、舟も、櫓も、ぴったりと調子が揃《そろ》っておりました、そこで、その調子に乗って、おのずから呼吸が唄となって現われた米友さんの心持も素直なものでございました。わたしはそのときに別なことをこの頭で考えておりましたが、米友さんの唄が、あんまりいい気持でうたい出されたものでございますから、うっかりそれに聞き惚《ほ》れてしまいました。何と言いましたかね、あの唄は……十七姫御が旅に立つ、それを殿御が聞きつけて……おもしろい唄ですね、罪のない唄ですね、それを米友さんがいい心持でうたい出
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