に相違ないでしょう。いや、マドロスに誘拐されたのか、マドロスをそそのかしたのか、そのことはよくわからないが、こうして一方が不貞腐《ふてくさ》れの体《てい》で寝そべっているのに、一方が庖厨《ほうちゅう》にいて神妙に勝手方をつとめているところを見れば――位取りの差はおのずから明らかであって、つまり、女が天下で、男が従なのです。女が比較的にヒリリとして、男が多分に甘い。
「ああ、つまんない、つまんない」
 女の方がいよいよ自暴《やけ》になって、ほつれた髪の毛を動かすと、大男が、
「アア、ツマンナイコト、チットモナイデス」
「マドロスさん、お前の言ったことはみんな出鱈目《でたらめ》ね」
「デタラメデナイデス、本当デス」
「一つとして本当のことは無いじゃないか、この海を一つ乗りきりさえすれば、外には直《じ》きに大きな黒船が待っていて、わたしたちが着けば、その大きな黒船の上から梯子《はしご》を投げかけてくれる、それに捉まって上ってしまいさえすれば、もう占めたもので、あの黒船の中は、またとても外から見たよりも一層大きくて、美しくて、その中にはキャビンというものがあって、室内いっぱいの大きな鏡があって
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