の着物の着こなしも、朱珍の帯のしめっぷりもきちんとはしている。だがまた、いやに艶めかしいところもあって、寝そべって、細くて白い、そのくせ痩《や》せてはいないで、少し蒼味を持った肉附のいい両腕を、双方から、ぼんのくぼ[#「ぼんのくぼ」に傍点]あたりへあてがって、そうして甘えるような、また自暴《やけ》のような声で、
「つまんない」
と言いました。
 そうすると、つい、その戸じまり一重《ひとえ》次になった臨時お台所で、
「ツマンナイコト無イデス」
と言う、がんまり[#「がんまり」に傍点]した、その上、多分の寸伸びを持った応対。
 見ると、そこに、不器用な手つきで、焜炉《こんろ》を煽《あお》って何物をか煎じつつあるその男は、これはずいぶん変っていました。まず眼の色、毛の色が変っているのみか、その体格が図抜けて大きいのが何より先に眼につきます。これは、月ノ浦に泊っている駒井甚三郎の無名丸から脱走して来たマドロスに相違ありません。してみると、無論、この一方に寝そべって、「つまんない」と投げ出した、妙にじだらくな若い女の子は、右のマドロスにそそのかされて、共に駒井甚三郎の無名丸を脱走して来た兵部の娘
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