も善智識の教えとして聞くよ。少なくとも、君は僕より年が幾つか上だ、先輩だと思って尊敬して聞くから、何でも話してくれ給え、それを身にするか、骨にするかは、こっちの聞き方一つなんだ、悪口、結構、惚気をやるも苦しくない――話し給え、話し給え、こっちは聞き役だ」
と兵馬は、かなり歯切れよく言いましたものですから、女も諦《あきら》めたと見えて、
「それでは一つ、面白い話をして聞かせますから、聴いて頂戴――」
と言って、腹ばっていた女は煙管をほうり投げて、くるりと寝返りを打ち、箱枕を、思いきってたっぷりした島田くずしの髱《たぼ》で埋めて、蒲団をかき上げるようにして、ちょうど兵馬の坐っている方とは後向きに寝相を換えたのですが、その時、肩から背筋までが、わざと衣紋《えもん》を抜いたように現われたのを、そのまま、あちら向きで話しかけました。
おなじ話をはじめるならば、寝ているにしてからが、こちらに向き返って話したらよかりそうなものを、わざとあちら向きになって改まったのは、襟足や、首筋や、肩つきを、思い切って開けっ放して見せつけた失礼な仕打ちだ。
兵馬はそのだらしない乱れ髪と、襟足と、女の肩から背へか
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