ましょうね、誰も悪口を言う相手がないじゃないの」
「相手がなければ、悪口を言わんでもいい」
「でも、悪口を言わなければ、話の種がないじゃありませんか」
「話の種というのは、悪口に限ったわけのものじゃあるまい、何か罪のない、面白い世間話をし給え」
「罪のない話なんて、ちっとも面白かないわ、罪があるから世間話の種にもなるんじゃないの――では、わたし、自分のおのろけ[#「おのろけ」に傍点]でも言って、あなたに聞いていただこうかしら」
百二十六
「結構だね、大いにやり給え」
と、兵馬もこのところ、大いにさばけてこう出たのに、女がかえって尻込みをして、
「よしましょうよ」
「よさなくってもいいから大いにやれ」
「いやです。第一、あなた、こうして山小屋の中へ木屑同様におっぽり出されて、手の出し手もない女が、おのろけもないじゃありませんか」
「今はなくても、昔はあったろう、これからまたあるだろう、それを盛んに並べて見給え」
「昔を言えばねえ、よしんばあったところで、おそらく、追いのろけは気が利《き》かない骨頂ですからねえ。これからあるだろうとおっしゃったって、あなた、未来のおの
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