だけでできるものではない、行路の難というものは、山にあらず、川にあらず、ということを、一席聴かせてやることが、この際、後進に対する重大な教育だと感じないわけにはゆかないのです。
そこで田山白雲が、この青年をとらえて、旅というものの教訓を始めようとする時に、この茶屋の前がまたにわかに物騒がしくなりました。
それは、往還の要衝たる渡頭のことですから、相当|賑《にぎ》やかなのは当然のことですが、賑やかと物騒とは調子が違います。只ならぬ人間の犇《ひし》めきが、今度はこちらの岸から起り始めたかのようです。白雲が、話題の鼻を折られていると、その前へ繰込んで来たのは、たしかに物騒な一行で、抜身の槍、突棒《つくぼう》、刺叉《さすまた》というようなものを押立てた同勢が、その中へ高手小手に縛《いまし》めた一人の者を取押えながら、引き立てて来たのであります。
二人は、押黙って、その光景を見ないわけにはゆきませんでした。
まず、真中に取りおさえられ、引き立てられている当人を見ると、それは、黒の羽二重《はぶたえ》の紋附を着て、髪は五分|月代《さかやき》程度に生えて、色の白い、中肉中背の二十歳《はたち》を
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