平治はまず店先よりはじめて、その辺を隈《くま》なく探し求めましたけれども、ついにそれらしい何物もありません。
柳田はついにその長剣を背中へ廻して、低い縁の根太《ねだ》の下まで探してみたけれども見出せないのです。白雲も同情して、そこらあたりを漁《あさ》って見てやったけれども、発見することができません。
さしもの豪傑も、ここに至っていたく銷沈気味でした。
茶店の老爺《おやじ》も気の毒がって、炉辺のござ[#「ござ」に傍点]までめくって見せたけれども、附木《つけぎ》っ葉《ぱ》と、ごみ[#「ごみ」に傍点]と、耳白《みみじろ》が三つばかりあるほかは何物もありませんでした。もしやと、少し下りて船頭小屋から渡し場のあたりまで調べてみたけれども、ついにそれらしい何物もありませんでした。
「もうやむを得ん」
と言って柳田平治は、腕組みをしたまま突立って、川原の彼方《かなた》を無念そうにながめました。
居合にかかろうとする瞬間である。問題はそこだ。そこでいったん懐中へ蔵《しま》い直したはずの手形が紛失したのだ。
「どうも見えないね、君」
白雲は慰め顔にこう言うと、腕を拱《こまね》いていた柳田平治が
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