富士を拝み拝み、たどり着いたお婆さんは、この人品のよい老人を見ると、恭《うやうや》しく頭を下げ、
「これはこれは徳大寺様――」
徳大寺様と言われた極めて人品のよい老人は、頭に宗匠頭巾《そうしょうずきん》のようなものをいただき、身には十徳《じっとく》を着ていましたが、侍が一人ついて、村人らしいのを二人ばかり連れて来て、お墓の掃除をさせている。
「これは女高山のお婆さん、待兼ねておりました」
と、徳大寺様がお婆さんに気軽く応対をしました。
「途中、道よりをしておりましてね、遅くなりまして相済みません、ここがそのだいに[#「だいに」に傍点]様のお墓所でございますか」
とお婆さんが、遅刻のお詫《わ》びをしながら尋ねると、人品の極めてよい老人が頷《うなず》いて、
「ああ、ここが山県大弐の墓なのだ、この通り荒れ果てて、見る影もなくなっているから、いま掃除をしてもらっているところだよ」
「それはそれは、ではひとつ、御回向《ごえこう》を願いましょうか」
掃除もあらかた済んだ時分に、徳大寺様が香花を手向《たむ》けると、お婆さんが水をそそいで、懇《ねんご》ろにそのお墓をとぶらいましたから、続いて、徳
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