いことをしたから、咎めるんじゃありません、そんなに窮屈がらずに話してごらん」
「では話しますがね、お婆さん、こうなんですよ、わしゃ、どういうものか、あの草鞋《わらじ》を見ると、自分のもの、人様のものに限らず、むやみに有難くなり、勿体《もったい》なくなってしまって、つい押戴いてみる気になっちまう癖なんでござんしてね」
「変った癖ですね、どうしてまた、あの草鞋なんぞが、そんなに有難く、勿体なくなるもんだかねえ、足でどしどし地面の上を踏みつけて、その上、用が済めば道端へ投げ棄てられてしまう草鞋なんぞを、どうしてまた、そんなにお前さんが有難がるんだかねえ」
「どうしてったって、お婆さん――わしゃ、草鞋様、草鞋様と蔭では拝んでいるんでございますよ。お婆さん、あの草鞋様がねえ、まだ稲の時分に、田の中においでなさる時分には、あの頭へ重たいお米の穂を載せて、長いあいだ辛抱をしていておくんなすったそのおかげで、あたしたちがお米を食べられるようになるのです。それからお米が実ってしまったあとでは、藁《わら》というものになって、そうして、打たれたり、叩かれたりして、またいろいろ人間のためになって下さる。俵とい
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