そこでそれ以上の註文は出せないらしい。
見物の中には、わき見をしていたために、この男が長い剣を抜いた抜きっぷりを見なかったのみならず、中身はもちろん、それを鞘に納めたのまで見損ったものもありました。まだ抜かないのだな、まだ抜いて見せないのだな、これからが勝負だとばかり思っているうちに、市《いち》が栄えてしまったという次第です。
それですべてが落着して、さしもやかましかった川破りも、刀調べの結果も、何のお構いも、お咎《とが》めもないということになると、柳田平治は肩で風を切って、さっさと前途に向って出立してしまいました。前途というのは、仙台方面へ向けて、つまり江戸へ行くという目的の方向なのであります。
九
呆気《あっけ》にとられた多数と共に、その後ろ姿を見送っている田山白雲は、その去り行く柳田平治の恰好《かっこう》を、おかしいものだと思わずにはおられません。
長剣短身は変らないが、その歩きっぷりというのが、さいぜん河原の中で見た挙動とは、また打って変った趣きがある。
それは小男としては大股に歩くのですが、足には太い鼻緒の高下駄で、そうして肩で風を切るというけ
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