二つながら何という水臭い親子か――血を引いたものならば、髑髏《どくろ》へでも血が染まるというのに、ここで当面相対しながら、親であると見るべき女は、路傍の人の如く闇中にわが子を見、子であると見るべき一方は、それを見向きもせずに天空に向って笑っている。
母としては奇怪千万の母ではないか、子としても無情冷酷なる子ではないか。
しかも、奇怪と、無情とは、これに留まりませんでした。
星を見て、冷やかに笑うみどり児をよそにして、この母親と見ゆる奇怪なる女性は、他の物をがっちり[#「がっちり」に傍点]と抱き締めました。
五十七
右の奇怪な女人が抱き締めた他のものというのは、おさな児の揺籠《ゆりかご》ではなくて、玄関の松の大木でありました。
その大木にしがみついたかと見ると、なお驚くべきことには、女だてらに力を極めて、その幹から枝へ上り出したことです。
してみると、この女が、人の親でなかったことは明らかであります。人の親でないとすれば、狂人というよりほかはないでしょう。でなければ、例によって、お花さん狐の化けっぷりの一つかも知れないが、それにしてもバツが違い過ぎる。
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