たびれていましたが、苦労甲斐がありましたかねえ」
「さあ」
「さあ、どうです――いけないでしょう。ですから、およしなさいと言ったのさ」
「だがなあ――まるっきりぐらさい[#「ぐらさい」に傍点]というわけでもねえんだ」
「あのみずてんはいたかねえ」
「みずてんてのは、何さ」
「知らないね」
「さて」
とがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、脚絆をとってしまってから、長火鉢の前へ向き直ると、
「いっぷくおあがり」
 お蘭のやつが、早くも吸附煙草をさしつけたので、百の野郎、にやにやしながら、
「有難え」
「こういったもんだろうね、飛騨の高山の宮川べりのみずてん宿で」
と言って、長火鉢の前で、がんりき[#「がんりき」に傍点]のやくざ野郎に吸附煙草を吸わせて、それを傍から甘ったるく睨《にら》みつけたお蘭のあま[#「あま」に傍点]が、百の野郎の股《もも》をつねりました。
「あ、痛え、冗談じゃねえぜ、こっちは、ちょんちょん格子をひやかしに行ったんじゃねえんだ、命がけで飛騨の高山まで大金をせしめに行ったんだ、ドコぞの色気たっぷりなお妾さんに孝行をしたいばっかりに」
「誰に孝行だかわかるものかね。そ
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