クロク慰めの言語さえ言わなかったものですが、当人の悄気方《しょげかた》は非常なもので、
「旦那様、どうも済まないことを致しました、明日は早立ちと思ったものでございますから、宿の雇人衆と一緒にお帳場の傍へ寝《やす》ませてもらいましたのですが、とうとうやられてしまいました、申しわけがございません」
その謝罪の仕方も、かなり大仰でしたが、伊太夫は是非もないという思入れで、
「よしよし、金だけだろうな、ほかに盗られたものはあるまいな」
「あの鬱金木綿の胴巻だけでございます」
「そうかそうか」
身内でも軽くあしらっているので、果してその胴巻の中にいくらあったかというようなことは、てんで問題にするものもなかったのです。また、下男の財布のことですから、問題にすべきほどのことではなかったに相違ないが、そのあわてぶりと謝罪ぶりの大仰なことだけが、宿の人たちを異様に感ぜしめました。
四十八
これは申すまでもなく、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵というやくざ野郎のした、行きがけの駄賃に相違ないのです。
その夜中ごろ、天性の怪足力に馬力をかけて、一足飛びに関ヶ原の本陣から程
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