。問題の髑髏が三藐院《さんみゃくいん》の掛物の前で、ビクビクと震動すると見る間に、すっくと床の間いっぱいに立ち上りましたが、それは骸骨の上に衣冠束帯を着けて現われました。
しかし、それも夢としては、さのみ不自然ではありませんでした。三藐院の掛物のことが伊太夫の頭に在ってみると、それから連想して、骸骨が衣冠束帯をつけたということも、夜前の印象が、ごっちゃになって伊太夫の脳膜に襲いかかったというだけのものでしょう。夢というものも、他人に見てもらうものではなく、自分の頭で自分が見るものですから、自分の頭にないことが出て来るはずはない。伊太夫は伊太夫として、自分の見る程度だけの夢を見て、われと夢中に驚きもし、怖れもすることは、他の夢を見て暮す人間のいずれとも変りようはずがありません。
四十四
この一間では、お銀様も、あの晩に素晴しい夢を見せられたことは、「不破の関の巻」で書きました。お銀様のあの時の夢は、見ようとして見た夢でありました。見ようとして見た夢を、空想通りに見せられたのですから疑問はありませんが、いま伊太夫の見せられている夢は、全く自分も予期しないところの夢
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