太夫としても、かりそめの骨董いじりなどをさせる旅路ではないはずなのですが、そこは好きな道で、是非なき体《てい》であります。
 すでに熟覧し終ると、伊太夫はそれをもとのように包み直して、自分の枕許に置き、やがて寝ついたが、暫くすると、すやすやと寝息が聞えてきました。
 静かな関ヶ原の一夜。
 今宵は過ぐる夜のように、月を踏んで古関《こせき》のあとをたずねようとする風流人もなく、風流にしても、もう少し寒過ぎる時候になっているのですから、夜の静かになることは一層早いものがありました。
 こうして夜が深くなった時分、伊太夫の座敷の床の間の髑髏《どくろ》が、ひとりでに動き出して来ました。本来は、髑髏が動き出したのではないのです。操細工《あやつりざいく》でなく、化け物でない限り、床の間の置物が、いくら夜更け人定まったからといって、ひとりで動き出すというようなことは、万あるべきことではないのです。それが、ひとりでに動き出したというのは、伊太夫の頭の中で動き出したのです。
「変な置物だ!」と、入室の瞬間から印象されたところのものが、夢に入って再現したまでのことでして、これは不思議でもなんでもないのです
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