ちの群れの中から、転がり出したように躍《おど》り出して来た一個の人物があることを認めて、興味の遠眼鏡をその方に転じました。
 その人物は、すでに人混みの背後《うしろ》で身仕度をととのえたと見えて、身体《からだ》は裸で、頭の上へ物を載せ、人を押分けて前へ進んだと見ると、いきなりざんぶと川の中へ飛び込んで泳ぎはじめたものですから、
「奥州にも気の短い奴がいる!」
と、田山白雲が思わずこちらで舌を捲きました。
「奥州にも気の短い奴がいる!」と田山白雲が思わず舌を捲いたのは、奥州人はすべて気の長いものと前提をきめてかかったわけではなく、ここで渡し舟の徹底的スロモぶりに呆《あき》れ返った反動から、ツイそう呼んでみたまでのことで、実際、いま川の中へ飛び込んだ眼前その人物の挙動を見ると、その気配だけで、たしかに気の短い男であるべき証跡は歴々たるものであります。かくばかり悠々閑々たる渡し舟の船頭のスロモぶりに堪忍《かんにん》がなり難く、堪忍がなり難いと共に、その爆発した癇癖《かんぺき》を、直線的に決行するだけの盲動力を持った男であるということだけは、白雲の眼と頭で、ハッキリと受取ることができました。

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