したが、だんだんわかってきてみると、全く感心させられてしまうところがありますのよ。それは、あのお嬢様には、性格としてはずいぶん欠点もございますけれども、それはあの方の周囲の境遇がさせたものだということがよくわかってみますと、わたしはあのお銀様の本質は、どちらから見ても立派なものだとしか思われません。だんだんにお銀様の怖いところがなくなって、その偉いところに感心させられるようになってしまい、今ではあのお銀様の仕事のためならば、身体《からだ》を粉にしても助けたい、そのお志を成就《じょうじゅ》させてあげたいと、こんなに考えるようになりました。ですから、わたしは、もうこれから、あのお嬢様のために口説き役をつとめます、それこそ、いま先生のおっしゃる通り、誰でも、これぞと思った人はみんな誘惑してこっちへ引きよせることにはらをきめました」
「そうはらをきめられちゃあ、もう助からねえ」
道庵が悲鳴に類する声を上げるのを、お雪ちゃんが起しも立てず、
「ねえ、先生、ですから、京大阪を御見物になって後、一旦お江戸へお帰りになるならなるで、それはお留めはいたしませんが、お江戸の方をしかるべく御処分なすって、ぜひ、こちらへいらっしゃいね。ね、約束しましょう、げんまん」
「どうも、そう短兵急にせめ立てられちゃあ、道庵、旗を巻く隙もねえ」
三十六
こんな問答をしながら、薬園のあたりから道庵先生を程よいところまで送って、お雪ちゃんは、ひとり上平館へ帰って来ました。
帰って来るとお雪ちゃんは、目籠を縁側へ置いて、姉さんかぶりを取ると、いつものお雪ちゃん流の洗下げ髪を見せ、館《やかた》の工事場の方へ、とつかわと出て行ったが、そこには工事監督の不破の関守氏が行者のような風《なり》をして立って、早くもお雪ちゃんの来るのを認めている。お雪ちゃんが、
「関守様、あのお医者の先生とお薬草を調べに参りました、お銀様はまだお帰りになりませんか」
「それそれ、心配するほどのことはありませんでしたよ、お銀様は長浜の町へ行っていらっしゃるんで、今の先、使があったんだ。でね、ちょっと思い立って長浜まで出かけたが、ここへ来てみると、どうしても湖水めぐりをしてみたいとおっしゃって、これから長くて六日一日の間に八景を舟で一まわりして来るつもり、あとのところをお雪ちゃんと拙者に万事御依頼するから、よろしくという使の手紙なんだ」
「まあ、お銀様がお一人で湖水めぐりをなさるんですか」
「いや、そういうわけではない、この手紙の内容によって察すると、弁信殿も、米友公も、よそながらお銀様が遠眼をつけていらっしゃるようだから、ことによると、あの連中をみんな一緒にして、舟を一つ借り切って遊覧をなさるつもりかも知れない、そうでなくても、この浜屋という宿は拙者が心づけをしてあるから、お銀様の身のまわり一切、心得て世話をしてくれるはずだ、ともかく、この七日ばかりの間は、お雪ちゃんと拙者が、万事この王国をあずからなければならん」
「湖水めぐりをなさる時には、必ずわたしも連れて行ってやると、お銀様はおっしゃっておりながら、それに弁信さんとも約束をしていたはずなのに、みんな、わたしを置いてけぼりにして行ってしまいなさるのが口惜《くや》しいわ」
「いや、なに、そういうわけではない、あの連中のやることは、てんでに気の向き次第だから、約束が約束にならないところに妙理があるのさ。というものの、我々に後を託して置けばこそ、気まぐれに他出ができるという信頼が、こっちにあるからなんだ。つまり、お雪ちゃんとこの拙者に王国を任せて置けば、七日や十日留守にしたからとて心配がない、と思えばこそなんだ。そこまで信頼されているとすれば、留守居もまた妙じゃないかね」
「わたしなんぞは何のお役にも立ちませんけれど、そういうわけでしたら、喜んでお留守をつとめましょう、事がわかりさえすれば、どのみち安心でございます」
「お銀様のことだから、きっと、相当の船を一ぱい借切って、自由自在に湖の中を乗り廻し、思う存分に見物をしておいでなさるに違いない、我々は、われわれとして、入り代りにひとつ第二軍を実行させてもらいましょう。どうです、江戸のあのお医者の先生にも少し逗留《とうりゅう》していただいて、あの先生をひとつ長浜から、大津まで送りがてら、お雪ちゃん、拙者をはじめ、同志を募集して湖上遊覧の第二軍をこしらえようじゃありませんか」
「それは結構でございますが、あの先生が、それまで待っていらっしゃるかしら。大津に、お連れの方がお待兼ねになっていらっしゃるようでございます」
三十七
不破の関守氏とお雪ちゃんがこんなことを話しているところへ、仕立飛脚が一人、息せき切ってやって来ました。
「ちょっと、ものをお尋ね申し
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