々のお手当が、隊長は新御番頭取の扱いとして月五十両――副長は大御番組頭として月四十両、平の隊員でさえも、大御番並みに扱われて月十両ずつ貰える――たいしたものじゃがあせんか。今時、就職難で、相当の経歴ある先生が口に困っている時節に、箸にも棒にもかからぬならず者が、人は斬り放題でいて、そうして、これだけのお手当にありつける、なんとうめえ商売じゃげえせんか、万事コレでげすよ」
 よたとん[#「よたとん」に傍点]は、いよいよ指を丸めて、三人の眼先につきつけて来た物ごしが、たまらないほど下品です。あんまり下品で露骨だから、さすがの三人の壮士も、口をつぐんでいると、なお、いい気になったよたとん[#「よたとん」に傍点]は、
「ですから、あいつらは有卦《うけ》に入《い》ってるんでげしてね、祇園島原あたりで、無暗に持てるというから妙じゃげえせんか。あいつらはあれで東男《あずまおとこ》には相違があせんが、京女に持てるという柄じゃがあせん、つまり、コレでげすよ、コレの威光で持てるんでげす。大将の近藤なんぞも、島原から綺麗《きれい》なのを引っこぬいて、あちらこちらへ手活《ていけ》の花としてかこって置くというじゃがあせんか、うまくやってやがら」
 四谷とんびが、指で丸い形をこしらえながら、こう言って狂い出したものですから、三人の壮士も、もう黙って聞いてはいられなくなって、南条力が、
「これこれ旅の老人――君はどなたか知らんが、近藤勇の同郷とか名乗っておられる、それでどうして、さように近藤の棚卸しをするのだ、もとより近藤だとて聖人君子ではないが、君のいうところによると、一から十まで金銭で動く無頼漢としか映っていないようだ、拙者も知っているが、近藤はそういう下品な人物ではない、彼の書いた書もある、詩もある――
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百行所依孝与忠(百行の依る所は孝と忠となり)
取之無失果英雄(これを取つて失無くんば果して英雄)
英雄縦不吾曹事(英雄は縦《よ》し吾曹《わがそう》の事にあらずとも)
豈抱赤心願此躬(豈《あに》赤心を抱いて此の躬《み》を願はんや)
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 立派なものじゃないか、志も正しいし、謙遜の奥床しさもある、書もなかなかよく書いていた、天晴れの豪傑だ。それを貴様は同郷人だと言いながら、言語道断にこき卸す、奇怪《きっかい》な奴だ――」

         百六十六

 南条力がこう言ってよたとん[#「よたとん」に傍点]を睨《にら》みつけると、五十嵐甲子雄も、おさえ難い義憤を感じていたと見えて、
「いかにもいかにも、あれだけの人物を、単にただ日傭取《ひようと》りのお雇い壮士のようにこき卸すのは、近藤に対する侮辱のみではない、天下の豪傑に対する冒涜《ぼうとく》だ。単に金が貰いたいだけで、あれだけの働きができるか、そこには意気もあり、然諾もあり、義勇もあり、犠牲の念もあって、身を忘れて許すものがなければできることではない。それを貴様は、単に金銭目当てだけで動いているようにこき卸している。我々は近藤の同志ではない、むしろ、彼等が跋扈《ばっこ》して、勤王の志士を迫害することを憎み憎んでいる者なのだが、さりとて彼等の胆勇は敵ながら尊敬せざるを得ん、幕臣旗本がおびえきって眠っているうちに、彼等だけが関東男児の意気を示していることは敬服に堪えんのだ。然《しか》るに貴様は同郷であると言いながら、勇士をさように侮辱する、許し難い、その指の恰好《かっこう》はそりゃ何だ」
 よたとん[#「よたとん」に傍点]が阿弥陀様のするような変な形をしていた指先を、五十嵐がそのまま逆にとって捻《ね》じ上げました。
「アイテテ、アイテテ」
 よたとん[#「よたとん」に傍点]は非常に痛そうな面《かお》をしてもがく。五十嵐も、少々の痛みを与えてやるだけのつもりであったものですから、そのまま突き放すと、よたとん[#「よたとん」に傍点]がよろよろっとよろけました。
 口ほどにもなく、あんまり弱腰だものですから、五十嵐もいたずら心が手伝って、つい弱腰をはたと蹴ると、よたとん[#「よたとん」に傍点]は、
「あっ!」
とひっくりかえると共に、急勾配になっていた草原を、俵を転がすようにころころと、とめどもなく転がり落ちて行くのです。
 しかし、ここは落ちたところでカヤトのスロープで、千仭《せんじん》の谷へ転がるという危険はないから、笑って見ている。
 坂本竜馬は、転がり落ちて行くよたとん[#「よたとん」に傍点]の姿を、憫笑《びんしょう》しながら言いました、
「とんだ剽軽者《ひょうきんもの》である、変な出しゃばりおやじもあったものだ、近藤勇の同郷人だと口走っていたようだが、世間には、自分の同郷人だと見ると、無暗に賞《ほ》め立て担ぎ上げて騒ぐ奴と、それから、今のおやじのように、ムキ
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