て》と、船頭というものの職業とその存在とを、無視してかかった御法破りに類しているから、その反逆者を反省さすべく、船頭殿がその職権の上から、声をからして呼び戻しているに相違ないのですが、川原の中の短気者は、今さらそれに取合うくらいなら、最初から、こういう行動には出なかったでしょう。そこで、一旦は踏み留まって振返って見たけれども、忽《たちま》ちクルリと背を向けて、北上川の川破りの続演をつづけました。
そこで当然、警告を無視された向う岸の船頭が、怒号と共に地団駄《じだんだ》を踏み出したのは無理もないが、同時に、こちら側の岸に立っている船頭共も黙ってはいないのが当然であります。
「やれそれと、のぶとい奴じゃ、渡場《わたし》をかち渡りするは御法度《ごはっと》なんでア、何たるワザワグこったべえ、只じゃ済まねえべ、お関所破りと同罪なんでア、早うでんぐり返《けえ》りな、素直にでんぐり返《けえ》って舟へ乗って渡って来てかんせ! 無茶あしねえものだべなア」
そこで、この川原の中の裸男は、両岸から船頭の怒号の機関銃を浴びせかけられたような立場になりましたが、いっこう立ちすくみもしないで、予定の行動をとっているのです。
こうなってみると田山白雲も、なるほど、あの短気者の挙動は、一応痛快には似ているけれども、理由としては、船頭の方に充分の根拠が無いではない。
緩慢は緩慢として、スロモはスロモとして、それは責めてよろしいが、緩慢であるが故に、スロモであるが故に、渡し船の存在しているところを、身を以て直接行動をとってよろしいという理由にはなるまい。
「ここは一応、船頭の言い分を立てて、立戻った方がよかろう、そうして置いて、彼等の怠慢ぶりをとっちめてやる時には、我等も相当の義憤を以て応援する」というような気持にまで田山白雲も緩和されているけれども、当面の裸男は一向ひるむ様子も見えず、大手を振って堂堂と川渡りを決行して来る挙動が、かなり大胆不敵なものであって、見る人に、好奇以上の恐怖と、警戒とを与えずには置きませんでした。
ああして白昼堂々と川破りを決行するからには、捨身でかかっているのだ、だから何をしでかすかわかったものではない――という恐怖心が、すべての人の頭を襲いました。
そうしているうちに、あちらの岸の渡頭から、法螺《ほら》の貝の音が高らかに響き出しましたのです。
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