小判と思って受取ったのが、急に木の葉になってしまったように、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎は呆《あき》れ果てて、その瓦っかけを見つめて、きょとんとしている。
「古瓦をおみやげに下すって、どうも有難う」
 お蘭どのがわざと御丁寧に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の前へ頭を下げて、
「結構なおみやげを、たくさんにどうもありがとうございました」
 二度《ふたたび》、ていねいに頭を下げました。
「ちぇッ、つまらねえ」
 さすがのがんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎もすっかりてれて、うんが[#「うんが」に傍点]の声が揚らない。自分の眼と腕とを信じ過ぎたのか、信じ足りなかったのか、全く狐につままれたような思いで、
「こういうはずじゃなかったんだが」
「いや、そういうはずなんですよ、宮川べりで精分を抜かれておいでなすったから、物忘れをなすったんだわ。それはまあお茶番として、お笑い草で済むけれど、済まないのはこれからの、わたしの身の振り方――それから差当りの路用の工面《くめん》。こればっかりはお茶番では済まされない、真剣に工夫をしなけりゃ、第一、ここの宿の払いでさえ……」
 お蘭どのが、いやに意気地なくなった時、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百はうんと一つ息を呑込んで、
「もう大丈夫、相当のものをもの[#「もの」に傍点]にしようとしたから当り外れがあるんだ、その日その日の小出しなら、なんの心配があるものか」
と言いながら、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百が別に懐中から鬱金木綿《うこんもめん》の胴巻を取り出して、ポンとお蘭どのの前へ投げ出して見ると、自分ながら意外にズシンと来るおもみ。

         五十一

 だが、前の錦襴入《きんらんい》りが瓦っかけであってみれば、今度の鬱金木綿は当然、石っころ以下でなければならぬ。
 お蘭どのは、うんざりして手をつけないでいたが、がんりき[#「がんりき」に傍点]が自暴《やけ》半分でしごいてみると、呑んでいた五臓六腑から簡単に吐き出したのは、
「あっ! 百両百貫!」
 悪党がるほどでもない、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の野郎が頓狂声で叫び出したのは、あえてその金高に圧倒されたわけではない、その意外におどかされてしまったのでしょう。
 今し、あんまり新しくもない鬱金木綿が吐き出して、畳の上へ、あたり
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