ろが、今やそのやむを得ざることが、得られなくなってしまった――おれはもう、こうして旅から旅の亡者歩きに大抵|倦《あ》きてしまったよ」
「だって、やむを得んじゃないか、君ほどの腕を持っていながら、この手腕家を要する非常時代に、いっこう用うるところがない、拙者ときた日には、君ほどの腕のないことは勿論《もちろん》だが、儒者となるには学問が足りない、医者となるべく術が不足している、英学をかじったが物にならず、仕官をするにはものぐさい、日雇に雇われるには見識があり過ぎる――亡者としてうろつくよりほかには道がないじゃないか」
「その亡者として生きる道がもう、つくづくおれはいやになったのだ」
「では、どうすればいいんだ」
「考えてみろ」
「考えろったって、この上に考えようはありゃせん」
「斎藤篤信斎は、剣術を使わんがために生きている」
「うむ」
「高杉晋作は、尊王攘夷のために生きている」
「うむ」
「徳川慶喜は、傾きかけた徳川幕府の屋台骨のために生きなけりゃならん」
「うむ」
「西郷吉之助は、薩摩に天下を取らせんがために生きている」
「うむ」
「小栗上野《おぐりこうずけ》は、幕府の主戦組のために生き
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