から、これから北国へ逃げるのが一番ですわ。それには白山行者の真似《まね》をして、加賀の白山へ逃げるつもりなのよ、それが一番かしこい仕方だと思ってよ。そうして、わたし、ちゃあんとその道筋を、自分で絵図にかいてこの通り持っておりますのよ」
と言って、女は懐中から、一枚の絵図を取り出して臆面もなく兵馬の前にひろげました。
 なるほど、この女自身が、人に秘めて、手がけたものと見えて、絵もなっていないし、文字のまずいこと、一目でわかるけれども、この際、恥かしがったり、恥かしがられたりする場合ではないと見え、兵馬は燈を引寄せて、光をその図面の上に落しました。そうすると女が言う、
「加賀の白山様へはわたくしも、生《しょう》のあるうちに一度は御参詣をして置きたいと思いました、御一緒に参りましょうよ」
 危険区域を脱出したい心境が、早くも白山参詣の心願とごっちゃになってしまっている。
 兵馬は何とも答えないで、その女の描いた不器用な絵図と、まずい字面《じづら》を、じっとながめている――そうしてかなりながい時間の間、兵馬が沈黙しているものですから、
「あなた、何を考えていらっしゃるのよう」
と言って、女が
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