、お役人のお手心によって、いつ、どういう目に逢わされるかわからないじゃありませんか。それは、そういう無茶なことはない、むじつ者[#「むじつ者」に傍点]を捕えて罪に落すなんぞということは、いくらお役目とはいえ、そう滅多にやれることではないとおっしゃるかも知れませんが、それは、世間の明るい時節なら知らぬこと、この飛騨の国の奥で――お代官のお政道向きの評判のよくないところで通用する筋道ではございません。あなたのようなお方が、まだお一人でもこの土地に残っておいでのうちは宜しうござんすけど、そうでなければ、わたしなんぞはいいようにさいなまれてしまいます。ですから、同じことなら、お蘭さんのようにはしっこく[#「はしっこく」に傍点]は参りませんけれど、足許の明るいうちに逃げてみようという気になったのが無理でございましょうか」
「そんなら、これから、どこへどう逃げようというのだ」
「それだけは、わたし、もうこの頃中から考えて置きました、表通りはいけません、お蘭さんのように、要領よくやってしまえば格別ですが、今となっては、表から美濃や尾張へ逃げ出そうとするのは、網にひっかかりに行くようなものでございます
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