後妻の子は、後妻と共に非業《ひごう》に生涯を終っている。養子をする――ということになると、果してこの家を譲り、自分をして安心して眼を瞑せしむるほどの養子がどこにいる。どこを探したら出て来る。親類――それに頼みになる奴があれば今日のことはないのだ。この甲州第一等の祖先伝来の身上《しんしょう》を、今どうするか。
 伊太夫は、どうかすると、昔の仏説などにある長者物語のようなのを身に引当てて考えて、いっそ、持てるもののすべてを世に喜捨報謝してしまったら、とさえ、考えるだけは考えてみたことも再々でした。
 だが、喜捨報謝してみたところが、これだけの身上を受けきれる人がどこにあるのか。へたに投げ出してみたならば、それこそ群がる餓狼のために、肉の倉庫を開放したようなもので、徒《いたず》らに貪婪《どんらん》と争闘との餌食を供するに過ぎないのだ。
 どうしても自分が守り通して行かなければならない、そうしてまた、自分の志をついでこの社稷《しゃしょく》を守り通す人を見出して、このまま後を嗣《つ》がせなければならないという、世間普通の財産世襲の観念が最後の結論でありました。その陰密の間《かん》に加わる、持てる
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