です。身上《しんしょう》が大きいだけに、悩みもまた大きいということもしかるべき道理でありますが、老境に入った今日この頃では、ほとほとその悩みに堪えきれないほどの重荷を成しているのも事実です。
伊太夫のその悩みを一語で言ってみると、「持てる者の悩み」ということに帰するでしょう。
「持てる者の悩み」というような現代的の言葉を以て、自分ながら表現することはできないが、悩みの根原はまさしくそこにあるのでありまして、「持たぬ者の悩み」と対比して、その悩みを悩む人の数こそ少ないが、その性質に至っては、持たぬ者の悩みより遥《はる》かに深刻なものがないとは言えない。持たぬ者の悩みは、お仲間が最大多数であって、同情の分量もまたそれに比例して大きいが、持てる者の悩みは、その共鳴者が少ないだけ、理解者も、同情者も、少ないと言わなければならないのです。
伊太夫は、陰密の間に、その悩みに虐《しいた》げられて来ましたが、それと共に、この悩みは悩みではない、自分は持てるが故《ゆえ》に長者であり、他の羨望《せんぼう》の的となっている強味の点ばかりが自分を刺戟していて、未《いま》だ曾《かつ》て自らその持てる物のため
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