ら、よく覚えていらっしゃい。あなたという人も、このごろは相応院の離れ座敷で、お安くない世話場を見せていらっしゃるんですってね、相手はお雪ちゃんといって――知っていますよ、知っていますよ。いいえ、お隠しになっても、もう駄目です、そのお雪ちゃんという可愛ゆい子を、あの助平のお代官の手から、助けたり、助けられたりがもとで、お二人が水入らず、近いうちに御両人がまた手に手をとって道行という筋書まで、ちゃんとわたしには読めておりますのよ――憎らしい! 口惜しい! 覚えていらっしゃい」
また刀を一方の袖だけに持たせて、右の手をさしのべて――それは以前よりもいっそう手強く兵馬の股を抓《つま》み上げてやる気で出した手を、今度は兵馬も容易《たやす》くそうはさせません。
「何をなさる」
と言って、その手をぐっと抑えたが、思いの外に軟らかな手ざわりなのに、抑えた兵馬の方がかえってギョッとしました。
八
きまじめな宇津木兵馬は、そこで福松のために、自分とお雪ちゃんとの間が、決してそんなわけのものでないことを説明しました。
それから、お雪ちゃんの立場の気の毒であることをよく話して聞かせ
前へ
次へ
全439ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング