当人でありながら、逸早《いちはや》くこの土地を身抜けをして、その飛ばっちりを、すっかり自分に背負わせて行ってしまったところのお蘭さんなる者に向けて、恨みを述べているのだかわからない。
「ほんとに憎らしいのは、あの人よ、お代官の生きている間には、腕によりをかけてさんざんたらしこんでさ、災難の時は自分だけいい子になってあと白浪――わたしなんぞは商売人のくせに、腕もないし、知恵もないし、それにまた憎いのは、あのがんりき[#「がんりき」に傍点]という兄さんよ――なあに、兄さんなことがあるものか、あのおっちょこちょいのキザな野郎、あいつも憎らしいったらありゃしない……」
 今度はまた、全く別な方角へ飛び火がして来たらしいが、兵馬は、いかんともその火の手の烈しさに手がつけられない。

         七

 和泉屋の福松は、がんりき[#「がんりき」に傍点]と言い出してまた躍起となり、
「ほんとに、いやな奴たらありゃしない、三千世界の色男の元締はこちらでございってな面《かお》をして、手んぼうのくせに見るもの聞くものにちょっかい[#「ちょっかい」に傍点]を出したがるんだから、始末が悪いことこの上なし
前へ 次へ
全439ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング