それは最初から立聞きに来た目的ではなく、ここを訪れようとして偶然、内では水入らずの会話と討論とが酣わであることに気がつくと、つい無遠慮にもおとない兼ね、そうかといって、引返すのも残念なように見えて、ついつい松の根方に彳んでしまったものとして受取れる。自然、そうしている以上は立聞くつもりでなくっても、おのずから内なる人の会話と討論とは、手にとるように聞き取れるのです。
内なる水入らずの二人も、会話と討論の気合がよく合うものですから、我を忘れて昂奮もすれば、躍起ともなり、また笑い溶かしたり、笑いくずしたりして、たいそうたあいない会話と討論ぶりが、いよいよ酣わになるばかりでありました。
この水入らずの酣《たけな》わなる会談が、もし相手次第では、ずいぶん聞捨てにならないほど、人の嫉妬《しっと》に似た心理作用を捲き起すかも知れないが、この話題の二人の人格に格段の異色があるところから、誰が聞いていても、その熱心ぶりにこそ興を催せ、これに嫉妬だの、艶羨《えんせん》だのというに似た感情を起させることは、万無いのでありました。
そこで、立聞きをしていた人も、存外いらいらした気分も見せないで、おとな
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