知れたもんじゃあねえ」
 こういうことを、聞かれもしないのにべらべらと喋《しゃべ》って、曝《さら》さないでもいいおふくろと自分の恥を曝してしまったのも、酒のせいでもあり、相手が相手だから、無難だとも見たからでもあると思われます。
 本来、道庵先生、道庵先生で通っているが、未《いま》だに誰も、その出所来歴を知った者はなく、自分も江戸ッ子だと言って啖呵《たんか》は切るけれど、いったい江戸のどこで生れたんだか、その本姓も、本名も、年齢も、知った者はない。大菩薩峠発表以来三十年にもなんなんとするけれど、未だ曾《かつ》て、道庵先生の身寄りだと言って、訪ねて来た人も一人も無いでしょう。
 それほど、出所来歴の不明な道庵先生が、このままにして置けば、出所来歴の不明そのものが、やがて神秘的に衣をかけられて、勿体《もったい》もつけば箔《はく》も附くべきものを、よしないところで、言わでものことに口を辷《すべ》らせ、曝さでもの恥を曝すことになったのも浅ましい次第ですが、しかし、この告白もかなり割引をして聞かないと、前の落し話同様、思わぬところで種がばれ、底が割れないという限りはありません。
 お雪ちゃんも、
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