りました。
「それからお湯に入らなけりゃあならず、年に二度や三度はお仕着《しきせ》もやらなけりゃならず、それからまた時たまは、芝居、活動の一ぺんも見せてやらざあならず(註、ここに道庵が活動といったのは、例の脱線であろうと思われる、その当時はまだ世界のいずれにも活動写真というものの発明は無かったのである)ちょっと髪を結うにしても、八十八文取られるということだし、湯銭が二十文の、糠代《ぬかだい》が十二文と聞いちゃ、これから京大阪へ乗込もうという道庵も、たいてい心胆が寒くなるわな。食い雑用をさし引いて、人間一匹を生かして置く費《つい》えというものは生やさしいものじゃねえんだ。よく世間の奴等あ、食えねえ食えねえと言って、貧乏をすると一から十まで米のせい[#「せい」に傍点]にして、高いの安いのと文句を言うが、米の野郎こそいい面《つら》の皮さ、何も米ばかりが食い物じゃねえんだ、ばかにするな!」
 ここでまた道庵の脱線ぶりが、米友かぶれがしてきました。
「ホ、ホ、ホ、ホ」
とお雪ちゃんがまた笑って、それにつぎ足して言いますには、
「それは、先生、費えの方ばかり考えますと、そうかも知れませんが、その人
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