び出してしまいました。
「川へ来やがった」
 川原道を、ついにこの馬がガムシャラに走るのです――その川原の幾筋もの流れをむやみに乗切って、ずんずん飛んで行く馬は、まだ石田村の門前でひっぱたかれた逆上《のぼせ》が下りないで、お先まっくらがさせる業なのでしょう。
 やむことを得ず、米友もつづいて川原の中へ飛び下りました。
 逆上し切ってお先真暗なことに於て、奔《あば》れ馬《うま》ばかりを笑われませんでした。幾分の余裕を存して追いかけて来たつもりの米友自身すらも、この時分はかなり目先がもうげんじ[#「もうげんじ」に傍点]ていました。
「わーっ」
という喚声が、行手の川の向う岸から揚って、そうしてバラバラと礫《つぶて》の雨が降って来た時は、米友が、屹《きっ》となって向う岸を見込むと、その鼻先へ、今の今までまっしぐらという文字通りに走って来た放れ馬の奴が、不意に乗返して来たものですから、その当座の米友は土用波の返しを喰ったように驚いたが、その辺はまた心得たもので、
「よし来た!」
 何がよし来た! だかわからないけれども、今まで追いかけても追いかけても追いかけ足りなかった目的物が、今度は頼みもし
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