たんか》がよう切れんさかい、毒をもって毒を制するという兵法おますさかい、江戸者を懲《こ》らすには江戸者を以てするが賢い仕方やおまへんか、あの十八文に楯《たて》つく江戸者、一人探してんか、給料なんぼでも払いまんがな」
安直兄いは、こう言ってまた更に一座を見廻したものです。一座の者には、よく安直の心持がわかる。
一旦は中京の地に於て食いとめようとして見事に失敗し、関ヶ原ではかえって相手の大御所気分を煽《あお》ってしまい、近江路は、草津の追分で迎え撃って手詰めの合戦、と手ぐすね引いていると、早くも敵に胆吹山へいなされてしまった――さあ、残るところは宇治、勢多の最後の戦線である。だが、この宇治、勢多というやつが、古来、西軍が宇治、勢多を要して勝ったためしが無い。よって、有無《うむ》の勝負はこの胆吹山――ここで敵と目指す道庵を、石田、小西の運命に追い込んでしまわないことには、京阪の巷《ちまた》がその蹂躙《じゅうりん》を蒙《こうむ》る。
そこでとりあえずこの場の第一線に作らせた落し穴が、下《しも》っ沢《さわ》の勘公の間抜けで、やり損ないという段取りとなり、些少の擦創《すりきず》、かすり創だけ
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