三つばかり下げて、そこの座敷を三べんばかり廻ると、しゃんしゃんと二つばかり手を打って元の座に戻りました。
「下《しも》っ沢《さわ》の勘公――てめえ、また何というドジを踏みやがったんだ」
「兄い、済まねえ」
 ダニの丈次の前へ、下っ沢の勘公がペコペコと頭を下げる。
「せっかく隠し穴をこしらえて、今度という今度は、十八文をとっちめたと安心をしていると、また、つるりと脱けられて、上げ壺を食わされた、のろま野郎――勝手口へ廻って、当分のあいだ窮命していろやい」
「面目《めんもく》しでえもねえ」
 以前の二人の三下は、親分の覚えめでたく、たっぷりとお余りものにありついているにかかわらず、哀れをとどめた一人の三下は、台所へ追放を命ぜられてしまったのは、何か相当重大な過失があったと見える。そこで、一座が甚だ白け渡った時分に、突然、
「江戸ッ子、いやはらんかな、江戸ッ子一人、欲しいもんやがなあ、こちの身内に、江戸ッ子一人いやはらんことにゃ、わて、どもならんさかい、ちゃあ」
と、不安らしく呼びかけたのは、安直兄いでありました。
 安直兄いが、どうして、こんなに不安な音色を以て呼びかけたか、その内容は、ま
前へ 次へ
全439ページ中184ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング