竜之助と対角線に坐った宇治山田の米友は、無言でじろりじろりと竜之助の為《な》さんようをながめておりました。
 普通の人ならば文句もあるだろうが、本所の弥勒寺長屋《みろくじながや》以来、この人をよく知り抜いている米友です。
 天から降ったか、地から湧いたか、現在この座敷の締りは先刻、お雪ちゃんから念を入れての頼みで、水も洩らさぬように締切ってある。入って来たとすれば、戸の隙間《すきま》か、節穴よりするほかには入り道は無いのです。いや一つはある。それは、自分がさいぜん籠を持ち出してから、自身庭へ出て、槍を振っていた間の、あの縁先の雨戸一尺五寸ばかりの間隔だ。しかし、それとても、直ぐその直前で自分が槍を振っていたのだから、取りようによっては、締めきってあるよりも一層の厳しい見張りになっているはずなんだが――そこを潜り抜けて、そうして安然とここへ座を構え込んでしまって、しきりに面を撫でている。
 これは、他人《たじん》ならば米友自身の面目問題なのだが、この人では仕方がない――と米友は観念しているらしい。弥勒寺長屋で一つ釜の飯を食っている時にさえ、出し抜かれたのだから、今宵この場合は、型
前へ 次へ
全439ページ中139ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング