絶叫を、全く沈黙して聞くだけでは、聞く方がやりきれたものでない。
「叱《し》ッ、叱《し》ッ、こん畜生」
と罵《ののし》りながら、じだんだを五たびも六たびも踏みましたけれども、結局、出て行って追い払おうとするでもなし、咽喉笛《のどぶえ》を抑えつけて鳴かせまいとするでもない。
「困りましたねえ」
 お雪ちゃんは、敷きかけた蒲団《ふとん》を吹流しのように持ったまま、天を仰ぎ、軒をながめて所在に窮している。
 米友はついに、せっかく手にした杖槍を投げ出して、炉辺へ来てどっかと小さな胡坐《あぐら》をかいてしまいました。お雪ちゃんが敷きかけた蒲団を抛《ほう》り出して、
「あれ、また、あんなに鷲の子が荒《あば》れ出しました、籠をこわしてしまやしないかしら、友さん、どうかして頂戴、籠をこわして飛び出されては大変ですから」
「待ちな」
と言って、いったん炉辺へ坐りこんでみた米友はまた立ち上って、その鷲の子の猛然たるはばたきのする納戸《なんど》の方へ行こうとすると、お雪ちゃんが、早くもその新しい調度の一つなる行燈《あんどん》をつり下げて、米友の先に立ちました。米友のために案内して、鷲の子を預かっている次の納戸の隅の方へと光を持って行くのです。まもなく米友は、大きな鉄の四角な鳥籠を一つ抱え込んで、こちらの座敷へ持ち込みました。人間に抱えられたと見ると、なおいっそうはばたきと暴勢とを加え、また一種名状し難い哀叫怒号を加えて荒れ廻るのを、米友は籠ぐるみ牛蒡抜《ごぼうぬ》きにした恰好で抱き出して来て、そうして炉辺の一方へ押据えたが、動揺を防ぐために、のし[#「のし」に傍点]板を持って来てあてがった上に、沢庵石《たくあんいし》かなにかを臨時の押えとして重し[#「重し」に傍点]をかけ、さて自分は、以前の炉辺へ戻って、どっかと小さな胡坐をかいて、爛々《らんらん》たる眼を見開かして、そうして籠の中を注視監視の姿勢を取りながら、その処分方法を考え込んでいるものらしい。

         二十五

 かく内と外と相呼応する物騒がしさのうちに、宇治山田の米友は、泰然として坐りこんでみたものの、実は米友としては余儀ない次第なので、さすがに生一本のこの男も、ほとほと手のつけようがないのです。
 お雪ちゃんはもとより、おどおどとして為《な》さん術《すべ》を知らない。
 しばらくあって、決然として米友が立ち上りました。
 決然として立ち上ると共に、猛然として、籠の上ののし[#「のし」に傍点]板を取払ったと見ると、その籠を力にまかせて、肩の上までかつぎ上げましたからお雪ちゃんが、
「友さん、どうするの」
「仕方がねえから……」
と言って米友は、雨戸の際まで子鷲《こわし》の入った籠をかつぎ出して、そこで、片手でもって心張棒《しんばりぼう》を取外《とりはず》し、鍵を上げて、カラリと戸を押開いたものですから、お雪ちゃんが、
「友さん、それを逃がしちまってはいけません」
「だッて……」
と米友は少しどもりながら、籠の戸を表の方に押向けると、その手は早くも水門口を開くように、籠の戸を引き上げにかかったものですから、またもお雪ちゃんが、
「友さん、逃がしちゃいけません、逃がしては、わたしが申しわけがないじゃありませんか、お嬢様に叱られるじゃありませんか」
「だってお前、子供を親許へ返してやるんだから、理窟はこっちにあらあな。もともと、親の子を、こっちが横取りしたのが悪いんだあな。慰みがてら、親の留守をねらって取っつかまえて来た子鷲なんだろう、だから、考えてみると、こいつをこっちへ置くのが道理に外れたことで、返してやるのが人情だあな」
と米友が答えました。
「それはそうかも知れませんが、友さん、お前が預かったんじゃない、わたしが、お嬢様から頼まれて引受けたのですから、逃がしてしまっては、わたしが叱られるじゃあないの、わたしが申しわけがないじゃありませんか」
「だからいいよ、罪をおいらがきるからいいよ、申しわけなら、おいらがしてやらあな、叱られるなら、おいらが叱られてやらあ。いったい、お嬢様お嬢様って、あの女に、みんながお代官ででもあるように恐れ入ってしまってるのが、おいらにはわからねえ、お嬢様であろうと、お代官であろうと、道理と人情に二つはねえ」
と米友が答えました。
「そりゃ米友さん、お前だけに通る理窟で、どっちにしても困るのは、わたしよ」
「おいらだけに通る理窟なら、世間一般に通らなけりゃならねえんだ、おいらは、まだ世間に通らねえ理窟を言った覚えはねえ」
と、米友がお雪ちゃんのためにたんかをきって、自分の信ずるままを強行しようとしますとお雪ちゃんは、ちょっと当惑をして、
「それはそうですけれども――」
「おいらが罪をきるからいいよ、お嬢様なんて、そんなに怖《こわ》い女じゃねえよ」
 米
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