か、こうしたとかがら[#「がら」に傍点]にないことを言い出すのが変だと思えば思われないことはないのですけれども、それとても、必ずしも米友の独創というわけではなく、
[#ここから2字下げ]
源ちゃんと言っても
返事がない
お嫁さんでも
取ったのかい――
[#ここで字下げ終わり]
という俗言が、ある地方には存在している。それを米友が思い出したから、ガラになくこの際応用を試みただけのものなんでしょう――そう種が知れてみれば、いよいよ以て笑うべきことでもなんでもないのですが、少ししつこいが、これをお雪ちゃんが最初いった言葉尻と比べてみると、少しばかり「てにをは」の相違があるのでした。つまり米友は室内の調度がこんなにすべて新しいのは、「お嫁さんでも取ったようだ……」という単純明白な譬喩《ひゆ》の一シラブルになるのですが、お雪ちゃんのは、「お嫁さんにでも……」で、あとは消滅してしまったのですから、極めて曖昧《あいまい》なものなのです。なお、うるさいようですが、文法上もう少し立入って見れば、「お嫁さんでも」というのと「お嫁さんにでも」というのでは、主格に根本的の異動が生じて来るわけあいのものなのです。
お雪ちゃんに笑い消されたにも拘らず、米友がそれからまた、何かじっと一思案をはじめて、炉に赤々と燃えている火に眼をつけて放たなかったのは、やや暫くの間のことで、やがて、その面《かお》を上げて、眼をまたしてもお芋の皮をむくお雪ちゃんの手許《てもと》に据えながら、
「お雪ちゃん、お前《めえ》はお嫁さんに行く気はねえのかい」
「いやな米友さん」
お雪ちゃんは、はにかんだけれども、米友はまじめなもので、
「おいらは、思うがな、お雪ちゃん――若い娘は、なるべく早くお嫁に行った方がいいと思うんだが……」
「まあ、米友さんが、お爺《とっ》さんのようなことを言い出しました、ホ、ホ、ホ」
「おいらは、ため[#「ため」に傍点]を思って言うんだぜ」
「それは、わかってますけれどもね……ホ、ホ、ホ」
若い娘はなるべく早くお嫁に行った方がいい、つまり虫のつかないうちに、恋愛を知らないうちに結婚せしめよ……主婦之友の相談係でも言いそうなことを、米友の口から聞かされることが、お雪ちゃんには予想外だったのか。但し、相手はいわゆるため[#「ため」に傍点]を思ってくれて、親切に言い出されたものに相違なかろうが、お
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