けどうし》かなにかの生れかわりじゃないか知ら。ですから、あなたがおいやでも、わたしが好きの嫌いのなんのという心持でないにしても、二人は、行くところまで行かなけりゃ納まらないように出来ているのかも知れませんのねえ、行きましょうよ。お蘭さんとがんりき[#「がんりき」に傍点]の奴は、いい気で美濃路へ出てしまいましたし、お雪ちゃんという方は、お化けのようなお坊さんと、これも表の方へ出て行ったというじゃありませんか。あんな人たちへの意地としてもわたしたちは、同じ道をとりますまい――白山へ行きましょうよ、加賀の白山へ――白山はいいところですってね、あなたも、いい御縁ですから、ぜひ一度、参詣していらっしゃい。ですけれども、今度は途中で振捨てて、あの仏頂寺なんて仏頂面のさむらいにさらわせてしまってはいやよ――ねえ、あなた行きましょうよ、北国筋へ。旅は嬉しいものじゃなくって?」
女は引きつづき兵馬の膝をグリグリと突きました。
九
それから、三日市から二本木の間の小鳥峠というところの振分けで、ホッと一息ついた二人の旅人を見たのは青天白日の真昼時のことでありました。
「この辺で、ゆっくり一休みしてまいりましょうよ、ねえ、宇津木さん」
後からのたりついた女の旅姿が、甘ったるい声で呼びながら、ハッハと息をきりますと、前に立ってゆっくりと歩みを運んでいた若い武士《さむらい》の旅姿が、頷《うなず》いたまま無言でそこに立って待っています。
「ああ、せつない、負けない気で一生懸命に歩いても、やっぱりあなたにはかなわないわ」
と言って、女は秋草の老いた峠路の草原の中に、どうと腰をおろしてしまいますと、先に立って待っていた若ざむらいは、無言で、その老いたる秋草の中に立つ一基のいしぶみの面《おもて》に向って、瞳を凝《こら》したままです。
「何を見詰めていらっしゃるの」
「いや――このいしぶみに何か文字がある、それを……」
「何と書いてございますか」
「左様――淋《さび》しさや何が啼《な》いても閑古鳥《かんこどり》」
「ほんとに、淋しい道でございますね、誰も人が通りませんわねえ」
「そうです、この道は、加賀へ抜ける本道ではあるけれど、表通りの信濃、美濃方面へ出る道と違って、淋しいです」
「淋しいのがようござんすよ、いっそ加賀の白山まで、二人っきり人目にかからない旅がしてみたいわ」
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