から右の七万両をこっちへ廻してもらって、それからこちらはこちらで、日頃の経綸策にとりかかる、さし当り、それをどういうふうに処分し、使用するか、まあ拙者の腹を聞いての上で、その財政方を遠慮なく批評してみてくれないか」
「承りましょう」
「まず、こちらの考えでは、その金を八朱の利子附きで、百姓町人に貸出すのじゃ」
「金利をお取上げになりますか」
「いや、金利を取るのが目的ではない、それを八朱の利で百姓町人に貸付けて、物産総会所というものをこしらえさせようと思うのじゃ。そうして大いに物産をおこさせる」
「それは結構なお考えでございますが、そうして仮りに大きに御領内に物産が出来まして後に、それを、どうなされます」
「そこだ、盛んに物産を作らせたところが、買い手が無ければどうにもなるまい」
「御意《ぎょい》にござります――国内で盛んに製造が出来ましょうとも、はけ口がございませんでは、背負い込みでございますな、それに今時のこの不景気な時代でございましては……」
「そこなのだ、もちろん国内で作って国内の消費を待つだけでは、製造超過で手も足も出なくなるのは見え透いている、そこで買い手を日本全国に求めるのだ、日本全国だけではない、異国を相手にしようというのだ。世界は広い、品物を背負い込む心配の更にないことを、こっちは見届けている――」
 神尾はそれを聞いているうちに、ははあ、妙な風向きになったわい、藩のために金を融通する以上は、今時、鉄砲を買い込むとか、軍艦製造費に廻そうとか、そんなような話だと思いの外――早くいえば商売の資本《もとで》にして大いに儲《もう》けようというのだ、一方ばかりが商人と思っていたら、こっちの方が商売気にかけて一枚も二枚も上らしい。
 今時の国ざむらい、全く以て油断がならぬ、と神尾が意外に打たれながら、なお心にもなく耳を傾けさせられました。

         七十四

 大商人がそれを受答えて言いました、
「お目の高いことには、いつもながら敬服の至りでございますが、日本全国はおろか、異国までも相手に物産をお売|捌《さば》きになるとおっしゃる、そのおもくろみは至極結構でございますが、さて、それを買わされる方になってみますると、何をこしらえて、どこへ売り出すのがよろしいか、むやみに物産をこしらえて他国へ送り込みましたところで、買う人が無ければなんにもなりませぬ。よ
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