しんば一時、珍しがって買い込む者が出ましても、あとが続かなければ資本も倒れ、仕事をする者の腕も腐ってしまいまする。その辺についての御意見を伺《うかが》いたいものでございますが……」
「それは尤《もっと》もだ、そこらを考えて置かぬことにはこの問題は持ち出せないはずだ。ところで、こちらはその辺を多少研究している、長崎までも出張して、いろいろと調べてみたが、外国を相手とするとなると、何かといううちに最も利益のあるのは生糸だ、絹だと見込みをつけてしまったのだがどうか」
「なるほど」
「シルクだな――蚕《かいこ》を飼って、糸をとって、その糸をまとめて売る、外国ではそれを独特の技術で精製してシルクにするのだ。あれならば最も西洋人の嗜好にもかない、かつ、西洋に於ては婦人の服装はもとより、家内の装飾用その他、無限に需要がある。それからまた、東洋の生糸は確かに性質《たち》がいいそうだ、それからまた蚕を飼う技術というものが日本では優れているし、蚕の食物とする桑の木の発育も極めてよろしい。それからまた一定の工場や、多分の機械を備えずとも、いかなる寒村|僻地《へきち》でも、家々でその有合わす手だけで充分に生産ができる、日本でこしらえて、異国を相手に商売のできる第一のものはあれだと、こっちは見込みをつけてしまったがどうだ」
「なるほど――そのお見込みは至極御尤もでございます、また、こちらに無限の製産力がありまして、先方にも無限の需要がある点は御同感でございますが、失礼ながら値段の点はいかがでございますか、いかに取引が活溌に参りましょうとも――手数をかけ、口銭をとり、そのうえ外国まで船づみを致しまして、それで採算の儀が、どんなものでございますか、その辺の御意見は――」
「それは心配いたすな、眼前に一つの例がある、越前家ではこの最も有利なる実例を示して、大儲けに儲けているが、表向きには発表していない、なにしろ加賀で銭五の先例もあって、小面倒と遠慮をしているのではないかと思うが、こちは、ちゃんと委細を聞いている」
「ははあ、越前様が、その生糸で大儲けをおやりになりましたか」
「うむうむ、今こちが言ったところと同じような目のつけどころが、財政が豊かなだけに早く実行の緒についたのだ。あの国では早くから領内に養蚕の奨励を致してな、生糸御用係という役をこしらえて領内の諸方に出張させ、夏場になると、役所の部
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