ホヤホヤと烟の立つ肉をつつきながら、例の士分の方のが言いました、
「いったい、その金はどういう性質の金なのだ」
と駄目を押すと、大商人らしいのが、
「それは、御説明申し上げないでも、御安心してお使い下すっておさしつかえございませんが、ここで申し上げても、土佐までは聞えまいと存じますから」
と答えました。秘密ではあるが、ここで言ったことが土佐までは聞えまい、土佐という地名を神尾が危うく聞き留めて、ははあ、しからばこの二人は土佐にゆかりがあるのだ、土佐は山内《やまのうち》だ、山内の当主は容堂といって、なかなかどうらく[#「どうらく」に傍点]大名だそうだが、なあに、大名であろうと何であろうと、田舎者《いなかもの》は田舎者だ、遊び方が泥臭い――というような冷嘲気分が、この場合の神尾の腹の中で頭をもたげたのですが、何しても今の使用御勝手の七万両のいきさつだけは聞洩らしができない。なにも自分の懐ろをあたためる金でないことはわかりきっているが、自分のふところが冷えているからといって、温かい話が毒になるというわけではない。そうすると大商人が、その金の所在の内容をすらすらと打明けにかかりました。
「御承知でもございましょう、それは土佐の坂本先生が、紀州家から受取った伊州丸の償金なんでございます」
「なるほど――そういうことがあったな」
「あれが坂本先生の腕でございましたよ、なかなか凄い腕でございます」
「うんうん、坂本が自分の方から舟をぶっつけて沈ませて、紀州へ難題を持ちかけ、首尾よくせしめたということは聞いていたが、それをその方が預かっていたのか」
「わたくしが現在お預かり申しているというわけではございませんが、わたくしが融通を致しましても故障の出所のないことになっております。しかし、無条件でどなたを嫌わず、おおっぴらに融通のできるという性質のお金でもございません。先刻も申し上げます通り、その人を得ませんでは……その人と申しますと失礼ながら、あなた様なぞは、たしかにそれを生かしてお遣《つか》い下さるお方と存じまして、ついこんな秘密を申し上げてしまいました」
「それは本来、金銀というものは国家経済のために流通すべきものなので、死蔵して置くということは一種の罪悪だ、それに今は幕府をはじめ、諸侯という諸侯、みな経済的に疲弊していないのは一つもない、よいことを聞かせてくれた、ここで、その方
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