けなんぞをごらんあそばせ、恐れ入ったものじゃあげえせんか。現にごろうじろ、テレカラフの針の先で、新聞紙の銅版を彫ったり、風船で空から風を持って来る工夫なんぞは妙じゃあげえせんか」
「あれは魔法手品の出来そこないだ、正当の学問をする君子の取らざる曲芸なんだ」
と神尾がまた、さげすむと、びた公また躍起となって、
「どう致しまして、子曰《しのたまわ》くは、これからはもう流行《はや》りませぬな、すべて理詰めで行って大いに利用厚生の道を講ずる、あっちの究理学でなければ夜も日も明けぬ時代が、やがて到来いたしますでな。たとえば今の風船にしてごろうじろ、こういうワケでげす、この地球の国の中に暖帯と書いてありやす国がござりやすがね、あすこが赤道といって、日の照りの近い土地でげすから、暑いことは全く以てたまりませんや、そこでもって国の人がみんな日に焼けて黒ん坊サ、でげすから、その国の王様が、いろいろ工夫をして風船というやつを作って、大きな円い袋の中へ風を孕《はら》ませて空から卸すと、その袋の口を開きやすね、すると大きな袋へいっぱい孕ませて来た風でげすから、四方八方へひろがって国の中が涼しくなるという趣向でげす。まだ奇妙なことがありやす、オロシャなんていう極く寒い国へ参りますてえと、寒中はもとより、夏でも雪が降ったり、氷が張ったり致しやすので、往来ができやせん、そこであの蒸気車というものを工夫しやしたが、感心なものじゃあげえせんか。いってえ、蒸気車というものは地獄の火の車から考え出したのだそうでげすが、大勢を車へ載せて、車の下へ火筒をつけて、その中で石炭をどんどん焚きやすから、車の上に乗っている大勢は、寒気を忘れて遠路の旅行ができるという理窟でげす、なんと考えたものじゃあげえせんか。なにせ、このくれえな工夫は、あっちの手合は、ちゃぶちゃぶ前でげす、万事究理学で、理詰めで工夫して行くからかないやせん。これからの日本も、やっぱり究理の学でなければ夜も日も明けぬ時代が、やがて到来致します」
「キュウリの学問が流行《はや》り出したら、茄子《なす》の鴫焼《しぎやき》なんぞは食えなくなるだろう、そんなことは、どうでもいい、早く悪食《あくじき》を食わせろ、そのギュウという悪食をこれへ出せ、思うさま食ってみせる」
 そこへ支那人の服装をした料理方が、大きな皿を捧げて入り込んで来ました。
「さあ参りました
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