落着きぶりを示しているが、お雪ちゃんの不安は去らない。
「お雪さん――」
そこへまた耳許に、憎らしいほど落着いた、これは人の声、女の声。眼を上げて見ると、お銀様が枕もとに立っています。そのお銀様も白の行衣《ぎょうえ》を着て、白の手甲脚絆《てっこうきゃはん》、面《かお》だけはすっかり白衣で捲いて、その上に菅笠、手には金剛杖――そうしてお雪ちゃんの枕許に立って呼びかけたその姿だけを以て見れば、決して、これがお銀様だとさとれるわけではないのですが、その声でお雪ちゃんはさとって、起き直っていずまいを直さなければならない思いがしました。
九
「さあ、お雪さん、お山へ登りましょう」
「まあ、この夜中に……」
と、お雪ちゃんが呆《あき》れました。
けれども、それを許すお嬢様ではない。
否やを言わせる余地のない圧迫を感じてみると、起きてこの人と同じ扮装《いでたち》をして、待機の姿勢をとらなければならないことを余儀なくせられました。
「ホ、ホ、ホ、夜中なればこそです、胆吹夜登りといって、胆吹の山には夜登ることになっているのです」
「ですけれども……」
「あなたは怖がっていらっ
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