しゃる。なに、怖いことがあるものですか、見た目では恐ろしい山のように見えますけれども、登って行く間の美しさでは、日本国中、こんな美しい山はないとさえ言われているのではありませんか」
「そんなに美しい山でございますか」
「美しい山ですとも。世間並みの萩や、すすきや、桔梗《ききょう》、女郎花《おみなえし》の秋草がいっぱい咲いている上に、この山でなければ見られない花という花がたくさんに咲いています。胆吹の百草と言いますけれども、百草どころではありません、五百草も、千草も、三千草も、花という花はみんなこの山にあるのです。見た目の美しい百草の中には、何とも言えないよい香いを不断に放っているものがあります、その香いと色の中を、ちょうど夜が明ける時分に、わたしたちが歩いて行くことができるのですから、こんな楽しい山登りは、ほかにはございません。あなたは、白馬ヶ岳のお花畑を御存じでしょう、あれよりも、この胆吹の山の花の路の方が美しいのです。白馬のお花畑は、美しいけれども、冷た過ぎ、清くあり過ぎます。ここのはほんとうに花野原……花という花がみんな、人間味を以て咲きそろっているのですから、同じ美しさにも温か
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