自分の頭の上でゴーッと鳴るのを聞くばかりです。
あまりの急激な天候の変化に、お雪ちゃんは悲しいような、怖ろしいような気分に襲われていると、つづいて山おろしが庭先の松の梢を伝って、見ゆる限りの野も山も、どよめき渡ると見る見る南近江から、伊勢と美濃へかけての天地が暗くなって行くのです。
うしろの胆吹の山が息をついては吐き、吐いてはつくように山鳴りをつづけている。その度毎に野分《のわけ》の大風が吹き出されるような響を聞くと、お雪ちゃんは、どうしても、さきのあの大鷲がこの山へ舞い戻って、その羽風《はかぜ》がこうして煽《あお》るのだと思われてなりません。不在《るす》の間に子を捕られて、それを取戻そうとつとめたけれども、そのかいがないために、親鷲が憤って、山の上で羽風を鳴らすために、急に天候がこう変って、風が吹きすさんで来たもののように、お雪ちゃんには受取れてなりませんでした。
それにしても、この不穏な天候、もはやこうして、暢気《のんき》な縁先の仕事はできないものですから、委細をとりまとめて室内へ持ち込みながら、ああ、いやな風、自分の不快よりも、これから袂《たもと》をひるがえして、あの胆吹の
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