山の頂を極めようとする弁信のために、悪いさいさきだと思わずにはおられません。
 お雪ちゃんは障子を締め切って風を防ぎながら、弁信さんのために、この風が早くやむように、あまり強くならないようにと心配していると、その心配がようやく昂じて来てなりません。取越し苦労はするなと、特に戒めて行かれたにかかわらず、この時はまた弁信法師の山登りがいっそう気がかりになってたまらないのみならず、風水盗賊の難のほかにまた一つ、もしかしてあの弁信さんが、この山上に棲《す》む大鷲にさらわれてしまいはしないだろうかという懸念《けねん》さえ起って、不安に堪えられませんでした。
「弁信さんも弁信さんです――なにもわたしたちさえ御参詣をしない先に、いくら身軽だからといって、たった一人でお山登りなんぞをしないでもよいではないか」
 この信友もまた、自分に気をもませる存在の一つであるように思い案じてみました。

         八

 その心遣《こころづか》いが、その夜、枕についてからのお雪ちゃんを苦しいものにしました。
 胆吹山から吹きおろす大風の中に、袖を翻して、ひたすらに山路を登る弁信の姿を、いと小さく、まざまざと
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