或いは三国峠《みくにとうげ》をよじて上州の沼田へ出たであろうと想像され、そうして碓氷《うすい》を越え、道を甲州にとって甲府の金手町の教安寺というのに九十一歳の時にきざんだ七観音が残っているが、それからどこをどうしたか故郷へは帰らない、終ったところもわからない。けれども親戚のうちにお位牌がある、それには、
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「文化七庚午年
円寂 木喰五行明満聖人品位
六月初五日」
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これによると、九十三歳の円満|示寂《じじゃく》は疑うところがない。
与八は右の婆さんからこの物語を聞くと、ホロホロととめどもなく涙をこぼしてしまいました。そうして、こんどはアベコベにお婆さんを与八が伏し拝んでしまいました。そしてホロホロ泣きながら言うことには、
「ああ、ああ、そういう有難い上人さまが、この御近所にお生れになったということを、はじめてお聞き申しました、そのことでございます、旅のことでございます、巡礼のことでございます、日本廻国のことでござりました、ほんとうに、それが有難いお志でござりました、旅をしなければなりません、一生涯を旅に費して、八十、九十になっても安住
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